Religion
いま、熱心に打ち込んでいるもの、生きがいにしているものはありますか?
こんばんは。冬眠する雪だるまです( ¨̮ )
今日タイトルにした『Religion』は、宗教を意味する名詞です。
ほかにも、生きがいや魂を打ち込むものといういみがあります。
聖書に出会う前の私は、あまり体力が無くて、そのうえ所謂HSP気質で気を使いすぎる方で、自分が生きるために割く気力がありませんでした(笑)
週末はとにかく眠って体力回復。
学生時代も、学校は楽しかったし部活もしてはいたけれど、友人にさえ無意識に気を使って遠慮していたようで
休みの日は12時間以上眠ってしまうのが常でした。
そんなんだから、趣味と言えるほどのものはなかった。
大した特技も、胸を張ってがんばっていると言えるものもなかった。
好きなことはあったけれど、どれもあまりうまくてきないことで
できることはだいたい、あまり好きではないか、終える頃には酷く疲れてしまうことでした。
興味があることと、上手くできることと、楽にできること。
その全部が見事にズレていたから
生きるの下手だなあ。早く死にたいなあ。
と思っていました。本気で!
好きなことを、上手くなくても続けたらよかった。楽にできることを、楽しむ方法を探せばよかった。
本当はそれだけだったのに、それに気づかないで、生きがいがなくて落ち込んでいました。
自分のことがわからなくて、悲しんでいて、義に飢え渇いている心貧しい人でした。
マタイの福音書 5:3-8
「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。
柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。
義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。
あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。
心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。
聖書を読んで、本当に視野が広くなりました。
たくさんの愛とあわれみをいただいて、たくさんの訓戒を教わって、柔和になる大切さを体感しました。
Religionの語源となった説のあるラテン語「religens」は「繰り返し繰り返しそれに戻ってくる」ことを表すそうです。
また、もう一説のラテン語「Religare」についても、Reは再び、ligareは結ぶを意味するんだとか。
なんだか、情けは人の為ならず ということわざと
同じだなあと思っています。
日本とか外国とか関係なく、クリスちゃんとか無宗教とかも関係なく、
心きよく、柔和であり続けたいと思った今日でした。
打ち込んでいるものや生きがいがある方、ぜひ教えてください!
生きがいにしたいものがある人でも大歓迎です◎
それではまた。
0コメント